さて、労働法の裁判例は、関係する会社の名前がついていることが多いです。
前にご紹介した新聞社への就労の権利は、「読売新聞社事件」と呼ばれています。
今回おもしろいと思った裁判例は、珍しく会社の名前がついていないで、「E-mail閲覧訴訟」と呼ばれています。
X1さん(妻)とX2さん(夫)は夫婦で、同じ会社の同じ事業部で働いていました。
事業部長Yさんは、その二人の上司でした。
Y部長はX1さんに、「一度時間を割いて、事業部の問題点などについて教えて欲しい」と、上司としてのメールを送信しました。
これに対して、X1さんはY部長に好感を持っていなかったので、夫のX2宛に次のようなメールを作成しました。
「夫へ 日頃のストレスは新事業部長(Y)にある。」
「細かい上に、女性同士の人間関係にまで口を出す。」
「いかに関わらずして仕事をするかが今後の課題。」
「まったく、単なる呑みの誘いじゃんかねー。 胸の痛い嫁」
これをX1さんは、何とY部長に誤送信してしまったんですね。
Y部長は、これを見た日から、X1さんのメールを監視し始めました。
すると、X1さんがY部長をセクシュアルハラスメント行為で告発しようとしていたことが判明しました。
途中でX1さんも監視に気づき、パスワードを変更して、Y部長が監視できないようにしました。
すると、Y部長は、会社のIT部に対して、X1さんのメールを自動転送するように依頼して監視し続けました。
そこで、X1さんとX2さんは、Y部長のメール閲覧行為がプライバシーの侵害にあたるとして損害賠償請求をしていきました。
会社内のもめごとが、裁判にまで発展したんですね。
結論としては、東京地裁ではX1さんの請求を認めませんでした。
まず、社内メールを私的に使用することも、会社に迷惑をかけないで必要かつ合理的な限度の範囲内では認められるとしました。
とすると、X1さんのメールのプライバシーも法的に保護はされます。
もっとも、メールは社内ネットワークシステムを使うので、会社のサーバーコンピュータなどに、その内容が保存されるという性質があります。
ですから、メールを送信する労働者も、自分のメールが会社に管理されることはある程度覚悟しなければなりません。
結局、会社経営、管理の観点からの合理的な必要性からのプライバシーの制限があるということです。
そこで裁判例は、プライバシー侵害となる基準を緩やかなものとしています。
引用すると、
「監視の目的、手段及びその態様等を総合考慮し、監視される側に生じた不利益とを比較衡量の上、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合に限りプライバシーの侵害となる」
としたんですね。
まず、監視の目的です。
今回のメール内容には、「Y部長をセクシュアルハラスメント行為で告発する」という会社にとっても放置できない問題が含まれていました。
ですから、会社の経営、管理上これを監視するという目的は正当化できるでしょう。
もっとも、それを監視していたのがY部長自身というのですから、手段及びその態様の適切性には疑問は残ります。
でも、裁判例では、Y部長が事業部の最高責任者で他に適切な者もいなかったということで、手段としても相当性は肯定しています。
また、途中からIT事業部も一緒に監視していることから、Y部長が個人的理由で監視したとまではいえなそうです。
結局、それほどひどい監視ではなく、社会通念上相当な範囲を逸脱下とまでは言えないと判断したんですね。
この判決が緩やかな基準を設けているのは、メールが会社のサーバーに一旦残って管理されるという性質を考慮したものです。
ですから、そのような性質の無い私用電話については、この基準をそのまま当てはめるのは難しいでしょう。
私用電話を会社が盗聴した場合には、メールの場合よりも厳しい基準となる可能性が高いとは思います。
いずれにせよ、メールの誤送信というのは、誰でもやりかねないことなので、人間関係を壊さないようにご注意を。
労働問題のブログ過去記事についてはこちらをご参照ください。