有名な俳優が強姦致傷罪(ごうかんちしょうざい)で捕まっていましたが、不起訴で釈放されたようです。
芸能界にくわしくない私でも、このニュースはうわさ話になるので知っていました。
この事件について刑事弁護の観点から考えてみました。
その俳優が容疑をかけられた強姦致傷罪とただの強姦罪とでの大きな違いをまず知っておく必要があります。
強姦罪は「親告罪(しんこくざい)」といって、被害者である女性が刑事告訴をしないと検察官が起訴しても裁判所で審理してもらえません。
ところが、強姦の時に被害者の女性にケガをさせてしまった場合には、強姦致傷罪になり、これは親告罪ではないので、被害者の意思とは無関係に裁判所は審理していけます。
ただ、常識的に考えて、強姦される女性が(何かの理由で動けないような場合を除いて)抵抗しないはずがなく、抵抗すれば少なくとも打撲や擦り傷は生じるでしょう。
この点を学説の多くは取り上げて、強姦致傷罪にいう「傷害」はある程度重いものに限定するべきだとしています。
つまり、軽い傷まで全部入れてしまうと、被害を隠したい被害者女性の意思を無視することになるという考え方です。
ところが、判例は一貫して強姦致傷罪の「致傷」は、その程度を問わないとしています。
そのため、強姦罪で起訴するか、強姦致傷罪で起訴するかは、検察官の裁量に大きく委ねられているというのが現在の実務です。
今回の事件の被害者女性についても、入院したとか、具体的な治療をしたなどの話を聞いていないので、傷害の程度は大きくなかったものと思われます。
そのような状態で、弁護人が被害者女性と示談をしたらどうでしょう?
示談書の内容は明らかにされていませんが、私の経験上だとその内容には
① 高畑さんの謝罪
② 示談金の金額と支払の確認
③ 被害者が高畑さんに刑事責任を求めないこと
④ お互いに、どこまでの事実を公表し、どこまでの事実の秘密を守るか
⑤ この示談書に定める他には一切の請求をお互いにしないこと
の5つの点は必ず入っていると思います。
そして、被害者がその俳優に刑事責任を求めない場合、本来強姦致傷罪だと親告罪でないため検察官は示談があっても起訴できますが、実際には起訴しにくいです。
つまり、被害者女性のケガが軽い打撲や擦り傷だった場合、被害女性の意思やプライバシーを侵害してまで、起訴して全国のさらし者にするのは避けたいと考えるでしょう。
また、万が一、被疑者が「合意の上だった」と否認した場合、マスコミ関係者が多数傍聴人に入っている公判手続に被害者女性が証人として出頭しなければなりません。
これは通常は嫌ですよね?
この事情を総合的にみると、被害女性にも、検察官にも「起訴を避けたい」という動機が生ずることになります。
逆に言うと、刑事弁護人はその心理をうまくついて、示談に持ち込むということになるのでしょう。
ひょっとしたら、多くの方が「示談金が莫大だったから示談が成立して起訴されなかった」と思っているかもしれません。
確かに、強姦致傷罪の示談ですから、示談金は多額になるのが通常ですし、加害者やその親族に財産があり、公表する事実と守秘する事実の指定があるでしょうから必然的に示談金の額は上がるでしょう。
しかし、示談金の大小以上に、実は起訴をしない大きな要因があるということも頭の中に入れておいていただけると、刑事事件を正確に把握できるのではないかと思います。
刑事弁護についての基礎知識についてはこちらをご参照ください。