幼少期の性的虐待と加害者への損害賠償請求

「24人のビリーミリガン」というお話しを聞いたことがあるでしょうか。

 

アメリカで実際にあったレイプ犯の話です。

 

その犯人ビリーミリガンは、幼児期に義父から過酷な性的虐待を受けて自殺しようとしたことをきっかけに、それを止めるための別人格が発生しました。

 

そして、ビリーは自殺を図る危険人格として、本人の中でリーダーシップを取る別人格によって眠らされるのです。

 

ビリーが目覚めるたびに、何か悪い事が起きています。

 

ビリーはそれに気づき、また自傷行為を開始して、他の人格に眠らされます。

 

このノンフィクションを書いたのが、「アルジャーノンに花束を」でヒューゴー賞を取ったダニエル・キイスです。

 

世の中に「多重人格」というショッキングな精神障害を知らしめた一人です。

 

幼少期の性的虐待が、大人になってから様々な精神障害を引き起こすことは、今では法律家にとって常識ですが、当時は驚きをもって迎えられました。

 

昨年、最高裁で出された判決でも幼少期の性的虐待が問題となったものがあります。

 

このケースでは、4才〜9才にかけて、叔父から姦淫を含む性的虐待を受けていた女性(昭和49年生まれ)が、虐待を受けている当時に離人症とPTSDを発症しました。

 

離人症とは、多重人格と類似の症状で、自分が考えて行動しているのに、それを自分がやっている実感を感じられない症状を言います。

 

そして、更に、平成18年(32才の時)には、うつ病を発症しました。

 

そこで、その女性は平成23年4月に叔父に対して、不法行為を理由とする損害賠償請求訴訟(請求額:3,270万円)を起こしました。

 

不法行為というのは、違法に人の生命、身体、精神、財産などに損害(傷害)を与える行為で、この場合加害者は被害者に損害賠償の義務を負います。

 

ところが、この不法行為に基づく損害賠償請求権については、民法で請求できる期限消滅時効除斥期間)が定められています。

 

現在の民法では

① 被害者が損害および加害者を知った時から3年間

② 不法行為の時から20年間

のいずれかの要件を満たすと損害賠償請求ができなくなります。

 

とすると、うつ病の症状が続いている以上、①の要件は充たしませんが、性的虐待が終わったのが女性が9才の昭和58年ですから、②の要件を充たしてしまいます。

 

これを法律を通常通り解釈すると不法行為による損害賠償請求は認められないことになります。

 

札幌地方裁判所は、法律に忠実に判断し、被害者の女性の請求を認めませんでした。

 

そこで札幌高裁に控訴したところ、次のような判断をして女性の請求が認められ、最高裁でもこれが支持されたものです。

 

その考え方は次のようなものです。

 

不法行為という条文が定められた趣旨は、加害者と被害者との間で、加害者に金銭で賠償させることにより、加害者被害者との間で損害の公平な分担を図ろうとしたものです。

 

そして、確かに、②の起算点は「不法行為の時から」となっていますが、そもそも損害が一定の潜伏期間を経て生じるような性格のものの場合、一律に不法行為の時から20年で切ってしまうと、損害の公平な分担という法律の趣旨に反します

 

そこで、従来の判例では、じん肺訴訟・水俣病訴訟・B型肝炎訴訟などのように潜伏期間がある被害で、②の起算点被害(損害)の全部または一部が発生した時からとしていました。

 

この論理を、性的虐待を受けた子が、大人になって発症したうつ病についても適用し、子供の頃の離人症・PTSDとは分けて、大人になって発症したうつ病について損害賠償請求を認めるとしたのです。

 

最高裁は、子供の頃の離人症・PTSDについては②の要件を充たしてしまうため請求できないとしながら、うつ病については認めたうえで、判決で3,040万円の賠償を認めました。

 

ここで、被害者の請求額の殆どを認めていることから、法律の表面的な解釈上は子供の頃の離人症・PTSDを排斥しながら、実質的な金銭面では認めようとしたものと言えるでしょう。

 

つまり、札幌高裁、最高裁の裁判官たちは、法律を解釈しつつも、余りの幼児虐待の過酷さに涙と怒りを禁じえなかったと推測できます。

 

こんな所にも、細かく見ていくと裁判手続の背景が推測できたりします。

 

最後に、ダニエル・キイスの本の冒頭の言葉を。

「幼児虐待の犠牲者たち、とりわけ、隠れた犠牲者たちへ・・・」

 

「親族間のトラブル」のブログ過去記事についてはこちらをご参照ください。

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カテゴリー: 親族間のトラブル対策

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