1日の中で熱くなったり、寒くなったり気温が急変するので体調を崩しやすいですね。
お体には十分気をつけてお過ごしください。
今回は、最近、復活している詐欺商法について、分かりやすくなるように小説風に書いてみました。
タイトルは原野商法(げんやしょうほう)と読みます。
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【原野商法リターンズ】
玄関のチャイムが鳴った。横になってぼんやりとしていた勇蔵は重い腰を上げた。横目で時計を見ると針は午後2時30分頃を指している。今日は水曜日だったろうか?勇蔵は思いだしながらインターフォンに対応した。
「突然のご訪問失礼いたします。実は、地方に土地を所有されている方のお宅を訪問しています。」
勇蔵の鼓動が一瞬早くなった。苦い記憶がよみがえる。いつだったろう?不動産の値段が上がり続けた頃、電話で「必ず、高く売れる」とだまされて土地を買ったのは。
勇蔵が買った静岡県の山中の土地は今でも売れなくて塩漬けになっている。負の遺産を息子や娘に残したくないと強い焦燥感に追われることもしばしばある。
勇蔵は急いで玄関の戸を横に引いて開けた。
「私は、不動産の売買のお手伝いをする会社の鈴木と申します」
玄関前に立っていた男は『株式会社●●不動産』という名刺を差し出した。上質な紙の上に明るい色のロゴが踊っている。年齢は30才くらいに見える。
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(どこかで聞いたような名前の会社だ。大企業かもしれない。)
勇蔵は思った。人と話しをするのは3日ぶりだった。前回は確か、訪問してくれた町内会長との雑談だった。
山田勇蔵は今年で75才になる。妻に先立たれて一人暮らしは5年を経とうとしている。頼りにしている長男は転勤生活で1年に2回ほどしか会うことができない。
「インバウンドという言葉をご存じですか?」
勇蔵は、毎朝欠かさず新聞を読んでいた。海外から日本への旅行者が日本国内で消費することで日本の経済が活性化していることをインバウンドと略称することも知っていた。
「海外の旅行者の消費と、私の土地とどう関係があるんですか」
鈴木は朗らかにこたえた。
「さすがです。そのお年でインバウンドと言われてすぐに分かる方はなかなかいませんよ」
勇蔵は退職前の仕事の時間が一瞬戻ったような気がした。社内でも人に仕事のことをよく教えていた。
鈴木は続けた。
「今、旅行者だけでなく、中国の富裕層が日本の不動産を買っているのはご存じですか?」
「ああ、便利な高層マンションの部屋を海外の人が投資のために買っているという話はよく聞きますよね」
新聞記事のコラムに書いてあったことを勇蔵は覚えていた。
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「そこまでご存じでしたか。そうなんです。海外の富裕層は、地価が上がっていることからマンションだけでなく、別荘地の土地にも手を出し始めたんです」
「登記を見ると、別荘地に適切な土地を所有されている方のご住所が分かるので、本日、山田さまのお宅に訪問した次第です」
そういうことだったか。そういえば地価が上昇傾向になったという記事も少し前に見た記憶がある。勇蔵は、山中の土地を売るのが急に惜しくなった。
「そうすると、私の山の方の土地を買いたいということですか」
「はい。今でしたら、100万円で当社が買取をさせていただきます。失礼ですが、この土地について売れないと言われたことはありませんか」
勇蔵は、かけひきをしようと思った。俺の方が社会人経験は豊富だ。少し頭がさえてきたように思える。
「いや、お宅のように買いたいといってくる業者さんは他にもいますよ」
「まいりましたね。もう他社も動いているんですか。ウチだけだと思っていたのですが。上司から100万円までしか決裁権を与えられていないんですよ」
「何かサービスを追加するくらいのことはできるんでしょう?そうじゃなきゃ営業なんて出来ないですからね」
勇蔵は会社で営業をやったときのことを思いだした。まだ俺も現役でいけると、気分を良くした。
鈴木は困ったような顔をして頭をクシャクシャとかいた。
「本当に100万円までなんですよ。他の方法は・・・」
鈴木は空を見上げながら少し沈黙した。
「よし。こういうのはどうでしょう」
「富裕層への売却は土地が広いほど価格も高くなります。今、山田様がもたれている静岡県の土地を100万円で購入して、更にもっと広い神奈川県の土地を山田様だけにお譲りします」
「ただ、土地の広さが3倍になるので売買代金も300万円となってしまいます。山田様の土地をサービスで150万円で評価して、代金を150万円値引きいたします。」
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勇蔵は頭で計算した。処分に困っていた土地を150万円で評価してもらって処分できる。その上で、本来300万円の土地を150万円で手に入れられる。ただ一つだけ確認しておかなければならない。
「私は神奈川県の土地を買っても意味はないのですが」
勇蔵の質問に、鈴木は胸をたたいて言った。
「そこは、地価上昇とインバウンドの時代。私の会社が責任を持って売却の仲介をいたします。海外の富裕層に300万円以上で売れることは確実です。」
「●●不動産をご信頼ください」
「分かりました。ちょっと考えさせてください」
勇蔵は一旦考えることにした。静岡県の土地のことは息子にも娘にも内緒だから相談できない。高く売れたら、自慢してやろう。
勇蔵はパソコンを開いた。●●不動産のホームページを検索した。トップページには会社の理念や社長の挨拶が書かれている。東京の池袋の有名なビルに本社を置いており、創業して50年以上経っているようだ。
勇蔵は、名刺を取り出して携帯電話のボタンを押した。
「鈴木さんのお電話でしょうか。先ほど話しをした山田ですが」
「山田さま!早速のお電話ありがとうございます」
鈴木の暗く濁った笑いを勇蔵は知るよしもなかった。
【読者への小さな挑戦】
鈴木が勇蔵を欺そうとした手法とどうして勇蔵が欺されてしまったのかについて、お時間があるかたはちょっと考えて下さい。
後書きに続きます。
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ここから、解決編と解説を兼ねた後書きになります。
土地の価格が永遠に上がり続けると信じられていた昭和40年~昭和50年頃に原野商法(げんやしょうほう)という消費者詐欺が流行しました。
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これは、「土地は値上がりするから、転売すれば利益が必ず出る。」とウソを言われて、存在しない土地や売れない山中の土地を購入させる詐欺です。
この詐欺に欺されて土地を買ってしまった方が、だんだん高齢化してきています。
それに気づいた消費者詐欺グループが、最近になってこれをネタに欺そうとしており、実際に被害が出ています。
原野商法の被害者が高齢になり、家族に話せなかったり、売り急いでいる心理と判断力の低下を狙った詐欺です。
景気が良くなってきてから、土地の価格が都市部で上がってはいますが、地方都市では横ばいの所も多いです。
また、生活圏の土地は売れますが、不便な山の方の土地が売れずにマイナスの資産となっているのは相変わらずです。
ですから、山の方の不便な土地まで売れるようになっているわけではありません。
そこをあたかも全ての土地が値上がりするかのように欺す原野商法が復活してきているのです。
物語を読んで推測されたとおり、勇蔵さんが二次被害者です。つまり、昭和40年~50年頃に原野商法でだまされて買った土地を処分したくて、二度目の詐欺に引っかかってしまったのです。
仮に静岡県の土地を処分できたとしても、結果的には150万円支払って、前よりも更に広くて価値のない神奈川県の土地を所有することになってしまいます。
もちろん、民法や消費者契約法などで取り消すことはできますが、欺されたと気づいて代金の返還請求をするころには、詐欺グループは会社とオフィスごと消えています。
裁判を起こして請求しても民事訴訟でのお金の回収はほぼ不可能です。
ここで私が書いたのは一つのパターンに過ぎません。
消費者詐欺をする連中は、色々な情報を取得して、高齢者の心理を逆手にとります。
ちなみに、詐欺グループにある程度の技術者がいれば綺麗なホームページを作ってウソはいくらでも書けます。
創業が古い廃業した会社の株式を安く買い取って社名変更すれば、好きな業種の創業50年の会社を作れます。
その会社の名前で、例えば1年だけ高層ビルのオフィスを借りることも可能なので、郵便物や電話が繋がっても詐欺ではないと言い切れません。
被害が出る可能性ですが、オレオレ詐欺などの特殊詐欺で欺されている被害者がいるので、原野商法の詐欺に欺される被害者が出る可能性も高いですよね。
これを読まれた皆さんご自身だけでなく、皆さんのご両親や祖父母など周囲の高齢者の方に注意していただいて、二次被害を未然に防いでいただければ幸いです。