芥川龍之介の短編の中に「藪の中(やぶのなか)」という有名なお話があります。
物語の中では、藪の中で死んでいた男性について、様々な証人が一見もっともらしいようで、どこか矛盾する証言をしていきます。
読者は真実を知ろうと読み進めますが、散りばめられた証言からは、最終的に真実を推測することも困難なまま物語は終わってしまいます。
初めて読んだ中学生の頃、非常にもどかしく、胸をしめつけられるような不安感を、読後感として持った記憶があります。
この小説を引用して、「結局、真実は分からないね」という意味で、「全ては藪の中だね」と言ったりします。
私は、弁護士の引き受けた事件も、ある意味「藪の中」であるまま終わることを覚悟しておく必要があると思っています。
依頼者の方が、全ての事実を正確に話してくれているとは限りません。
弁護士にとっては大切な事実を言い忘れていることもあるでしょうし、恥ずかしいという気持ちや何となく言い出せないでいることもあるでしょう。
最悪のケースでは、弁護士を上手く利用して自分の利益(お金とは限りません)となる結果を得ようとして、嘘の事実を話したり、嘘の証拠を持ってくることも想定しなければなりません。
かといって、弁護士が依頼者の方の言うことを疑ってかかっては、良い仕事は出来ません。
ですから、依頼者の言うことを前提に戦略を組み立てますが、その前提自体に途中で問題が生じることも常に覚悟しなければなりません。
そのため、最初のご相談や受任する段階で
「この訴訟は勝てますよ!」
などと断定的なことを言える弁護士は多くないのではないでしょうか。
もちろん、依頼者の方にとって十分な証拠がそろっていると思われていて、相手を叩きのめしたい時には、その言葉を待っているだろうことは想像できます。
しかし、訴訟を多数経験している弁護士であればあるほど、訴訟になる場合には、必ず相手から何らかの反論があり、それが法的に見てやっかいなものである可能性も想定するでしょう。
そうすると、まだ訴訟すら始まらないご相談や引き受ける段階で「勝てます」などという断定的な言葉は出て来ないのが普通です。
法律相談の段階で、弁護士が「勝てます」と言うとしても、「もし〇〇だとすれば」という条件をつけたりするのは、やはり不確定な部分がどうしてもあるからなんですね。
ですから、何の条件もつけずに「この訴訟は勝てます」という弁護士がいたとしたら、注意した方が良いでしょう。
どうしても、その仕事が欲しくて依頼者の欲しい言葉を言っているケースや判断が甘くてそのような言葉を言っているケースがあるからです。
もちろん、勝ち筋の事件というのはあるのですが、訴訟の結果が依頼者に方に重大な影響をもたらすことを想像すると、受任の段階では中々、安易に断定的な結論は言えないものです。
ですから、依頼する方は、弁護士から「勝てる」と言われたら、その結論だけでなく、
① その根拠となる法律や事実関係を分かりやすく説明してもらい、
② 決定的な証拠は何にあたるのかを説明してもらうこと
くらいはしておいた方が良いでしょう。
それらを充たしていても、それを打ち消す法律の定めと反論・証明がなされれば負ける可能性もあるのですから、その説明だけでも本当は分からないのですが・・・
訴訟というものは、最初から結論が出ているようなものではないということを、十分に頭に入れて、ご相談、ご依頼をされることをお勧めします。
「弁護士のお話」の過去ブログ記事についてはこちらをご参照ください。