忙しい日々が続いていますが、12月上旬に押尾コータロー(ギタリスト)のコンサートに行くことになりました。
オープンチューニングでのギター奏法を生で見られるのを、とても楽しみにしています。
さて、裁判員裁判も数多く行われるようになり、制度としては定着してきたようですね。
でも、裁判員裁判には憲法上全く問題が無いわけではありません。
最近、「裁判員裁判が違憲だ!」と争われました。
平成23年11月16日に最高裁でなされた判決です。
事案としては次のようなものでした。
Xは、覚せい剤を、マレーシアから成田空港を通して日本国内に持ち込もうとして、税関職員に発見されました。
Xは、覚せい剤取締法違反、関税法違反で起訴され、裁判員裁判となりました。
裁判員裁判になる事件は、死刑・無期の懲役・禁固を含む罪など、相当重い事件のはずです。
「覚せい剤取締法違反で、死刑・無期になるの?」と思われた方もいらっしゃるんじゃないかと思います。
実は、覚せい剤を営利目的で輸入する行為には、無期懲役を含む刑が定められているんですね。
営利目的で持ち込まれると、輸入量も多いでしょうし、日本国内の社会風俗、ひいては国民に重大な被害を与えます。
そこで、刑の上限として、無期懲役まで定めているんですね。
さて、裁判員裁判にかけられたXは、その判決で有罪とされてしまったため、最高裁まで上告をしました。
その理由として、裁判員裁判がそもそも憲法に違反するということを主張しました。
X(の弁護人)は、憲法上の問題として5つの争点をあげました。
結論としては最高裁は、裁判員裁判を合憲としているのですが、それぞれの争点は憲法の理解を深めるのに、なかなか興味ぶかいものです。
今回は、まず一つ目の争点について考えてみましょう。
それは、「憲法には明文が無いのに、裁判官以外の国民が裁判に参加することを認めて良いのか?」という問題です。
憲法は、裁判を受ける権利や裁判所について、適正な裁判を確保するために様々な規定を置いているのに、裁判を国民が参加して行うことを規定していません。
「誰が裁判をするか」というような重要なことなのに、国民について憲法が定めていないのは、そもそも、それを予定していないからだいう主張です。
しかし、最高裁は次のような理由で、この主張を退けました。
国民の司法参加(裁判員裁判)と適正な刑事裁判を実現するための諸原則とは、相対立するものではなく、十分調和させることはは可能です。
ですから、憲法が全面的に国民の司法参加を禁じていると解釈するべきではなく、実際に作られた制度を見て、それぞれ憲法の規定に違反するか検討していくべきです。
そして、その実際の制度を作るのは、法律を定める国会ですから、個別の憲法の規定や原則に違反しない限り、どのような制度を作るのかは、国会の立法政策に委ねられているとしました。
では、具体的に憲法のどの個別の規定に違反する可能性があるのでしょうか。
次回からは、その点についての争点を一つずつ見ていきたいと思います。